研究員の皆さん、こんにちは。
初めましての方、こんにちは。
ここは、「アイの自分を大切にする研究室」です。☺️
今回の研究テーマはこちらです。
「生きづらさってそもそも何なんだ」
毎日生きていて、
「なんとなく生きづらい…」
と思ったこと、ありませんか?
朝起きた瞬間、ため息が出る感じ。
私は、あります。
…というか、
- 生まれてから
- 昨年、新卒で入った会社を退職するまで
ずっとそうでした。笑
最近気づいたのですが、
「生きづらさ」とは、
「社会に居場所がないような感覚」ではないでしょうか。
私の場合、「普通」ができないことより、
「普通ができない自分を出せる場所がない」と感じることの方が苦しかったからです。
「世間の合理性」について考えてみる
世の中には、
- こうするのが普通
- こうした方が安全
- 普通・安全が合理的
それを重視する空気が、なんとなく流れている気がします。
はっきり誰かが言っているわけじゃないのに、
いつのまにかそういう考え方が、当たり前になっている。
私は、その空気の中で生きるのが、生きづらかった。
そこでは、「生きづらい」と悩んでいること自体が、浮いているように思えたから。
「みんな、悩んでる」
「みんな、その上で我慢してる」
「細かいことは気にせずに、毎日を送るのが普通」
私はこれを、
「世間の正しさ(世間の合理性)」
と、自分の中で呼んでいます。
もっと例を挙げると…
・我慢することが、良いことだと言われること。
・誰かのために尽くすことが、正しいとされること。
・役割をきちんと果たすことが、とても大切にされること。
などなど。
私は、
それ自体を否定したいわけではありません。
それによって、守られている人もいる。
支えられている社会も、実際にあると思っているから。
ただ、それが「唯一の正解」になった時____
少しだけ息がしづらくなる人も、
確かにいる。
少なくとも、ここにいる。
そう思うことがあります。
私の「生きづらさ」のゆくえ
そんな私の「生きづらさ」ですが、趣味の「MBTI性格診断」を知ってから、
少しだけ軽くなりました。
「面白そう」
「やってみようかな」
我慢することより、そういう気持ちを大切にしたい人も、
ちゃんと存在していることがわかったんです。
私は、一人じゃなかった。
けれど、それがわかったとはいえ、
「危ないかもしれない」
「やめておいた方がいい」
といった「世間の合理性」の中では、私のその気持ちは少し小さくなってしまうこともあります。
でも、本来の合理性って、 きっと、一つの形だけじゃない。
私は、MBTIで「普通の性格」「最良の性格」なんてないことを知ってから、
そんなふうに思えるようになりました。
人によって。
状況によって。
タイミングによって。
合理的な選択は、
少しずつ、
形を変えるものだと思います。
もし、「世間の合理性」ではなく、
自分自身の成熟した合理性を持てたとするなら…
その成熟した合理性とは、
世間の合理性や他の考え方を、
「それも一つの考え方だよね」と、
「少し距離を取って見られる視点」なのかもしれません。
今、生きづらい人へ
もし今、
なんとなく、
生きづらいな、と感じている人がいたら。
世の中の考え方から、
少しだけ、
距離を取ってもいいのかもしれません。
また、私はMBTI診断や、AIの活用、対面カウンセリングに通うことで生きづらさが軽減されました。
これらについて興味がある方は、ぜひこちらの記事もどうぞ。
▶︎カウンセリングは意味ない?1年通い続けている抑うつ患者の証言
今回の研究は以上です☺️
また次回の研究でお会いしましょう。☺️
最後まで読んでくれて、ありがとう。
研究員:アイ

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