INFJの生きづらさについて考える

研究員の皆さん、こんにちは。
はじめましての皆さん、こんにちは。
ここは「アイの自分を大切にする研究室」です。

今回は、INFJの生きづらさについて考えていきます。

―INFJは「満たされていない」のか?―

INFJの方は、

「生きづらい」とまでは、はっきり感じたことは、少ないのではないでしょうか?

しかし、なんとなく、

・もう少し認められてもいいのではないか  

・自分の努力、もう少し見てもらえてもいいのではないか  

そう感じられているのではないでしょうか。

あるいは、

・もっと大胆に動いてみたい  

・軽やかに生きている人が羨ましい  

そんなふうに思うことはありませんか。

INFJは、

・優しい  

・空気が読める  

・計画性がある  

・全体を見て動ける  

とてもバランスの良いタイプです。

そして何より、

見返りを求めない献身性

を持っています。

ただ、その優しさは、

「当たり前」として扱われやすい。

と、おっしゃっているINFJの方のお話を、よく聞きます。

気づいたら、

・支えている側にいる  

・整えている側にいる  

・裏方に回っている  

これ自体は別に構わなくて、

それに対して、

誇りもある。

でも同時に、

「この努力、ちゃんと見えているのだろうか」

という、静かな疑問もある。

相手に悪意はない。

だからこそ、

責めることもできない。

その優しさゆえに、

そのままにしてしまう。

そして少しずつ、

モヤモヤが残る。

これが、INFJの感じやすい

「生きづらさ(?)の違和感」

なのではないかと思いました。

ここで、INFJの方に伝えたい。

その努力、ちゃんと見ている人はいます。

INFJは、

・人をよく見ている  

・全体を把握している  

この努力・才能を評価している人は、実はちゃんといます。

例えば、

INFP(仲介者)は、

INFJの努力や優しさに気づきやすく、  

言葉にして伝えてくれる存在です。

ENFJ(主人公)は、

お互いの気遣いが

言葉にしなくても通じるような、  

阿吽の呼吸の関係になりやすいでしょう。

また、ESFJやISFJのようなタイプも、

自然な気遣いの中で、

無理のない関係を築ける気がします。

そもそも、INFJは、

ほとんどの人と良好な関係を築けるタイプです。

ただしその分、

自分を後回しにしすぎる

傾向があります。

だからこそ、

ときには立ち止まって、

自分の中の

「ちょっとした違和感」

に気づいてくれる人がいたら、もっと軽やかな気持ちになれると思います。

あなたは、

とてもちゃんとやっています。

そして、

見ている人からは

思っている以上に、

その努力、見られています。

もし今回の記事でご意見、ご感想がありましたら、
ぜひコメント欄でお知らせください☺️

今日の研究はここまで。
また次回の研究でお会いしましょう。

研究員:アイ

コメント

タイトルとURLをコピーしました